元スタッフの新しい門出に添えて
- 2025年10月17日
- お知らせ
ありがたいことに、最近患者さんの数が増えている。
そのうちの何割かは、内視鏡予約、内視鏡検査、プラセンタ(ラエンネック&メルスモン)、白玉点滴、ニンニク注射を受ける方である。今回は後者である美容部門について触れ、新しく始めることになったアートメークについて書きたいと思う。
プラセンタ、白玉点滴希望者は30-60台くらいのいわゆる「きれい系」の女性が多い。男性の希望者もいるが、やはりイケメン男子である。
その初期対応をしたり、直接注射を打つこともある私は、朝シャン後、通勤の車のエアコン送風を最大にして慌てて駆け込むという(もちろんすっぴん)無頓着おばさんである。
縁があったら、美容に関心がある医師にも入っていただき、メインで担当してもらおうかしらんとも思っております。
5月頃、当院を借りてアートメークをさせて欲しいという女性Kさんからお話があった。Kさんは名古屋を拠点にアートメークをしていらっしゃったが、飯田の方を名古屋まで来ていただくのは申し訳ないとのことで、当院で飯田・下伊那の方を対象に当院でアートメークをすることになった。アートメークとは眉を描いたりやアイライン、口紅の代わりに専用の針で色素を注入する施術で、お化粧の手間を省くことができる。医療行為の一つだが、いわゆる疾患の治療ではないので、自由診療となる。アートメークが加わることで、当院の美容部門が厚くなった。
ところが、Kさんが数人の患者さんの施術をしたところで、「ところで、エルムクリニックで吉川さんにアートメークの講習をしたいんだけれど、いいですか?」と打診があった。
吉川さんは、開院から今年3月まで2年間当院で働いてくださった看護師さんである。応募動機は「肥満外来、禁煙外来もあり、予防医療に力を入れているようで、自分も予防医療に関心があるから」とのことであった。彼女は何度か転職しているが、その転職の一つ一つが自分の興味が移ったときに転職したようであり、前向きな転職と感じた。履歴書を見たときすでに彼女の採用を決めていた。彼女の方は、応募動機に書いたことのほかに、私の経歴に興味を持ち、応募してくれたそうである。
このように両想いで出発したが、2年間も1日8時間、週5日、同じ空間で過ごしているといろいろなことがあり、彼女も今年の3月で当院を退職した。
彼女は有能な看護師さんでクリニックで大いに戦力になってくれた。初めてだった内視鏡業務も勤務医時代の内視鏡室の看護師さんたちに勝るとも劣らぬ技術を身につけてきた。興味が移ると他へ転職した彼女のことだから、内視鏡技師をとったら辞めちゃうかもしれないなあと思いつつも、技師の資格を取る前とは思わなかった。
当院は土曜日の午後もやっていることを売りにしているが、お子さんが可愛いうちにもう少し接してあげたいのに当院に勤務し続けてはあまり家にいられないことが一番の理由だったようである。当院をたまに手伝ってくださる松岡先生が、「うちではどんなに忙しくても夫婦でそろって参観日には行っている」とおっしゃっていたのを聞いて、「あんなに忙しい先生でもお子さんにちゃんと関わっているのに私は何をしているのだろう」と思いはじめたようである。
「こんどどんな仕事をするつもりなの?」と退職前にさり気なく聞くと、「もともと在宅の仕事をやってみたいと思っていたし、エルムクリニックで採血をしたり、ルートを取る(点滴や静脈注射をするかめに血管を確保すること)ことにも自信がついたし、やってみようかな」と言っていた。
そういうこともあって、吉川さんが当院と再び関わってくれて嬉しいが、アートメークと聞いて意外な気がした。
Kさんが今年の9月から新しい道に進むことになり、引き継いでくれる人を探しているときに吉川さんが当院を退職することを知って声をかけたのがきっかけで、当院でアートメークを始めることになったようであった。手仕事が好きなこと、自分でも韓国でアートメークを受けたことがあるが日本でできたら希望者も喜ぶだろうと思えたこと、自分のペースで仕事ができるので子育てと両立しやすいだろうと思えたことが、Kさんの誘いを引き受けた理由だそうだ。
彼女のこれまでの道を聞いてみると、心の中で課題が浮かんだときに、人からの誘いや情報が入ってきて、新しい道に進むことが多かったようである。
この記事を書くために昼休みに彼女にインタビューした。ここに書いたことはその一部である。まだまだ、彼女のことを紹介したいが、それは別の機会にしよう。インタビューの最中時々大笑いした。
「楽しそうに笑っている先生を初めて見た」と5月からときどきクリニックに入ってくれている看護師さんが言った。
開業時、試行錯誤して機械の使い方を間違え笑いこけたり、数人しか患者さんが来なくて、その間長々雑談したこともあった。そういう時間に戻ったかのようだった。
子供が幼いときにはほぼつきっきりで育てる。だんだん手が離れて行っても高校生くらいまでは同じ家で暮す。だが、進学、就職、結婚を機に、家を離れ、親、兄弟とは疎遠になっていく。が、時々里帰りし、子供が成長するにつれて、親子が独立した大人同士として交わるようになる。
彼女がクリニックを出てアートメークを始め、たまに、当院のお手伝いをしてくださることになった。なにか、独立した子供が帰ってきたようだな、と感ずる。
吉川さんとエルムクリニックのこれからに幸いあれ。