睡眠時無呼吸症候群と循環器疾患ー私のおごり
- 2024年3月1日
- お知らせ
私は今まで、睡眠時無呼吸症候群(SAS sleep disordered breathing 以下SASと呼ぶことにします)の診断・治療に積極的ではありませんでしたが、患者さんの方から検査や治療を申し出られることが時々ありました。SASにかかっていると居眠りによる交通事故を起こしやすく、時々報道もされているからでしょうね(下記の表参考)。実際、中都度以上のSASの方が交通事故を起こす確率は正常の7倍という統計もあります。睡眠中の無呼吸や低呼吸によって、眠りが浅くなったり、中途覚醒を繰り返したりして、昼間の眠気を誘うため、居眠り運転をしたり、注意散漫になりやすくなるためです。
年月・場所 | 事故状況および判断 |
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2003年2月 岡山県 |
JR山陽新幹線で運転手が居眠りをしたまま運転。けが人なし。運転手は重症SASと診断。 |
2004年3月 | 羽田発山口宇部行きの全日空機機長が居眠り。SASと緊張感の欠如が複合したとして訓戒処分。 |
2004年9月 広島県 |
船長が居眠りをしたまま貨物船がコンクリート製護岸に乗り上げ、住宅1戸と空き家が全壊。男性1人が軽傷。 |
2005年7月 山口県 |
山口県沖で貨物船が停泊中の液化ガス船に衝突し重油流出。SASを理由に航海士に懲戒処分。 |
2005年11月 滋賀県 |
名神高速道路でトラック・バスなどを含む多重事故が発生。男性7人死傷。トラック運転手は重度のSASと診断。 |
2008年1月 山形県 |
高速バスの運転手が眠気を催し不安定走行し、乗客がバスを停車させて事故を防いだ。運転手は医療機関で検査を受け、軽度のSASと診断。 |
2008年3月 愛知県 |
大型トレーラーが赤信号の交差点に進入。横断歩道を横断中の男性が死亡。運転手は起訴後に重度のSASと診断。 |
2009年10月 長崎県 |
遊漁船が岩場に衝突し、釣り客ら3人が死傷。船長がSASであり慢性的な睡眠不足であったことが判明。船長は業務上過失致死傷容疑で熊本地検に書類送検。 |
2012年4月 群馬県 |
関越自動車道で走行中のツアーバスが、運転手の居眠りにより防音壁に衝突。乗客45人が死傷。運転手にはSASの所見が確認。 |
2012年7月 東京都 |
首都高速湾岸線でトラックがワゴン車に衝突。東京税関職員6人が死傷。トラック運転手はSASと診断。 |
2015年1月 東京都 |
路線バスの居眠り運転事故によりバスが電柱に衝突し、19人が重軽傷。SASの検査を受けずに放置し、居眠り運転したことが判明。事故後に中等度のSASと診断。 |
2016年1月 宮城県 |
回送中の仙台市営バスが道路脇の水田に転落。乗客は乗っておらず、運転手が軽傷。SASと診断され、経過観察中の事故と判明。 |
三好規子, ほか: 診断と治療のABC, 最新医学社, 2017; 125-136.
SASは世間で知られてはいますが、ここでその医学的な定義について述べておきましょう。1時間あたりの無呼吸(10秒以上呼吸が停止すること)と低呼吸(10秒以上気流が50%以上低下し、酸素飽和度が4%以上低下すること)の合計を無呼吸低呼吸指数(apnea hypopnea index:AHI)と呼び、AHI≧5で日中の過度の眠気、いびきなどの自覚症状がある場合と自覚症状の有無を問わずAHI≧15でSUSと診断します。 ちなみに5≦AHI<10を軽症、15≦AHI<30を中等度、AHI≧30を重症のSASと定義しています。
先日、出入りの業者さんの協力もあって、「ホルター心電図による睡眠時無呼吸症候群スクリーニングと新しい予後予測」というWebセミナーを受けさせていただきました。
研修医時代、循環器を回っていたとき、「SASを調べなきゃ」とか、「SASがあると、心疾患にかかりやすくなる」という会話を耳にしてました。ペイペイだったにも関わらず、「それは交絡因子じゃないか」と当時の私は思ってました。交絡因子とは、調べようとする因子以外の因子で、病気の発生に影響を与えるものです。例えば、飲酒する人に肺癌が多いという統計があっても、飲酒が直接肺癌の原因になるのではなく、飲酒する人に喫煙者が多い、そして喫煙は肺癌の原因になるので、そういうトリックが起こるという具合なのです。私の解釈は、SASの人→肥満が多い→肥満の人は高血圧、脂質異常症が多い→心筋梗塞、心不全になりやすいというものです。ところが、このセミナーで、SASが直接心疾患に影響すると知りました。というのは、無呼吸から呼吸再開するとそのたびに、徐脈⇔頻脈となり心臓に負担をかけること、さらに短期覚醒が交感神経を興奮させ高血圧を引き起こしやすくします。高血圧も心臓に負担をかけます。実際に心疾患の50~80%、高血圧の50~80%にSASの合併を認めるようです。勝手な解釈は、私のおごりだったようで、反省でしたね。新しいことを聞いたらまずは受け入れて、それからその理由を吟味することが必要だな、と医師になってから痛感してます。私に限らず、他の人も短絡的な思い込みをする場合があるようですが、医学的に危険なことがあります。例として、9月20日に書いた私のブログ「高齢者は降圧薬は必要ないは本当?」をご覧ください。
SASには閉塞性と中枢性があります。中枢性は、延髄というところにある呼吸中枢の異常によって起こります。こちらは少ないです。大抵は上気道の閉塞によって起こる閉塞性のSASです。こちらは睡眠中にいびきが生じやすくなります。原因としては肥満や扁桃腺肥大、アデノイド、顎が小さいなどの形態上の問題のために生じます。前者は減量、 重症の方はnasal CPAP(nasal continuous positive aieway pressure:経鼻的持続陽圧療法)療法を行い、後者は手術を考慮します。nasal CPAPは俗にシーパップと言われ、聞いたことがある人も多いことでしょう。鼻マスクを装着し、そこから一定の空気を送って気道を確保するものです。実は私もSASなのですが、CPAPは気になってつけていられなかったのでした。でも、患者さんの中でうまく使いこなし、効果をあげていらっしゃる方もいます。慣れれば、睡眠中の呼吸障害が改善され、熟睡感があるようです。CPAPのしくみについては下記画像を参照にしてください。字が小さすぎるのはご容赦ください。
SASがあるかどうかの詳しい検査はポリソムグラフィー(PSG:polysomnography)という検査が必要で、こちらは一晩入院して装置をつけて調べます。費用は2万円以上かかります。なお、簡易モニターを使って検査することもでき、これは当院でもできます。SASがあると昼間の眠気、交通事故の確率が増えるというばかりではなく、高血圧や循環器疾患の危険性も高くなるので、疑われる方にはこちらから声をおかけしますが、心配な方は声をかけてくださいね。昼間の眠気のある方、いびきを指摘される方は疑いがあります。PSG検査については、ご希望の方や、必要性がありそうな方には施行している近隣の病院にご紹介します。